NAMAC事務局 平上 雄一
NAMACでは、海外エアショーやミッションにおいてクラスターメンバーへの支援と並行して、各国における航空機クラスターの調査を進めてまいりました。
日本の航空機クラスターの皆さんのご参考になるものと思いますので、ドイツ、フランス、カナダ、東南アジアに関する調査状況を、4回にわたってご報告します。今回はその第一回目として、ドイツのクラスター事情をお届けします。
1. ドイツ航空機産業の現状
ドイツは、フランスとともにエアバス社の主要構成国であり、多くの企業がA320シリーズなどの生産に携わっています。EUの中で最も経済的に豊かなドイツは、政治的に前面に立つフランスを力強く支える存在となっているといえます。
その中心地はハンブルクであり、ここにはエアバスA320の工場とA350のカスタマセンターが存在しています。前者は世界最大の旅客機製造工場の一つであり、後者ではエアラインにより内装品などの選定が行われるために、装備品製造企業にとって聖地となっています。
また、政府の研究機関の多くがベルリンの周辺に存在するため、研究開発はハンブルクとベルリンの2か所を核として行われています。ベルリンでは2020年5月にベルリン・エアショー(ILA2020)が開催され、中小企業向けの商談専門パビリオンが設けられることから、東京都などの日本クラスターも参加する予定です。
【ILA2020のHP】 https://www.ila-berlin.de/en
ドイツの航空機産業としては、エアバス以外にエンジンメーカーのMTU社が存在し、機体とエンジンの両方にかかわる中小企業が各州に存在しています。歴史的にも「ギルド」や「マイスター」制度の発祥の地域であることから、クラスターは産業の自然な形といえるでしょう。
2. ドイツの施策
航空機産業が、唯一のビッグプレイヤーであるエアバス社のみに依存することは健全ではないとの考えに基づき、ドイツでは中堅・中小企業の育成に力を入れています。その具体的な取り組みが、サプライチェーン強化を含む、「サプライチェーン・エクセレンス」活動とのことでした。
【サプライチェーン・エクセレンスの説明】
また、ドイツ連邦は16の州から構成され、それぞれが独自に政策を展開しています。航空機産業に関する支援も同様で、個々の州が比較的自主的に活動を推進していますが、連邦政府が挙げた5つの課題については6つのテーマ領域に分け、特定の州が各テーマのリーダーとなることで全体調和を図っています。ドイツでは、個々の独立意識が高いため、中央から中小企業にプレッシャーをかけないことに留意しているとのことでした。
【ドイツ企業の抱える課題】
・デジタル化や最新技術による生産性と品質管理の継続的な向上
・リスク削減とリソース共有 を進めていくための新たなビジネスモデルの展開
・サプライチェーンの国際市場へのさらなる展開
・サプライチェーンの上下間に加えた各Tier内の企業間協力
・生産計画と生産状況に関する企業間の情報共有とコミュニケーション手法の改善
【6つのテーマ領域】
・事業モデル(事業モデルの提示、企業競争力のパラメータ設定と共有など)
・国際化(対象国・地域の 選定、市場分析、行動方針共有、潜在顧客訪問など)
・生産能力(SPACEドイツによる診断と改善計画策定、情報交換の場の提供など)
・資金と契約(ファンドレージング等の専門家紹介、成功例の情報交換など)
・販売・業務計画(事業責任者の資格取得、サプライチェーン管理者の養成、eツールの選択と導入など)
・協力(企業間協力向けワークショップ、協力相手の探索、シミュレーションなど)
3. クラスターの状況
ドイツでは、各州のクラスターが自発的に航空関連中小企業の成長を促しており、当事者の意識を高める必要があるため、ワークショップのような仕組みで会話を促進しています。テーマとして企業の生産性向上などの実例を掲げて、自らの改善意欲を高めることが多いとのことでした。
ドイツの活動で最も特筆すべきは、前述の通り、クラスター育成の6テーマに対して特定の地域(クラスター)がリーダー(責任者)となり、ドイツ全国のクラスターに対し、各種プログラムを提供していることです。プログラムの例として、2日間10人の専門家によって経営コンサルティングを行う「Quick check business model」や、現役エアバス社員を含めた専門家を派遣し量産指導等を行う「SPACE」(有料だが安価)があります。
ただし、6つのテーマすべてが順調に進んでいるわけではなく、特に「資金と契約」が難しいテーマとのこと。中小企業は、自らの決定権を譲り渡したくないので、外部からの投資を嫌って、彼ら自身の財務状況などの詳細情報を全開示することはまずありません。クラスター加盟企業の特徴として同族企業が多く、航空以外の事業を兼業している企業が多数存在するとのことでした。よって、海外からの投資に対しては消極的で、海外企業によるドイツSMEの買収事例はいくつかある程度とのことです。
ドイツの中小企業のほとんどは、日本の中小企業と同様にTier3ビジネスを営んでいて、Tier1、Tier2ビジネスに取り組もうとする中小企業は10社くらいに限られるとのことでした。その最も大きな理由の1つが投資(ファイナンス)の問題で、統合して受注規模を増やしたとして、必要な資金(例えば2000万ユーロ程度)の調達が可能な企業が極めて限定されるということです。またもう1つの理由は、ドイツ中小企業はいわゆる「マイスター」制度に根ざした特定の技術者集団であり、自らの技術向上には高い関心を示すものの、ビジネスモデルの変革にはさほど関心がないということでした。
また、ドイツの中小企業にとって英語での膨大な契約書締結も大きな障壁となっているそうです。エアバス社の契約書は600ページに及び、その確認は容易ではなく、仮に中小企業にとって不都合な契約だとしても、数多くの企業と取引しているエアバス社には、1社の都合で契約書を柔軟に見直す動機が生じないとのこと。よって、契約の観点から中小企業が航空機産業に参入できるようにするために、行政の側からエアバス社に、契約書をシンプルにする、共通化するなどの歩み寄りを求めているとのことでした。
以上のように、ドイツと日本の航空機関連中堅・中小企業には、その構造と課題、投資スキームなど、類似している点が多いことがわかりました。
今後、政府と民間の両方から対話の機会を増やすことで、ビジネス拡大に向けた協力を強化していけると感じています。NAMACとしてこれからも機会を探っていきますので、興味と熱意あるクラスター関連の皆さんにもご参加いただけますよう、よろしくお願いします。