• 2020.03.27
  • コラム

海外航空機クラスター事情 ④東南アジア

NAMAC外部有識者  徳島 啓太

1.東南アジア航空機産業の現状

東南アジアの地域別航空旅客輸送量の世界シェアは2018年の8%から2038年には10%へと増加することが見込まれております。この需要拡大を背景に、東南アジア発の新興LCCがAir Asiaを筆頭に数多く誕生しました。LCC拡大に伴い同地域でのMRO需要が拡大するだけでなく、エアラインが大量の航空機を購入する代わりに部品製造を同地域で行う所謂「オフセット取引」の関連で、機体とエンジンの両方で欧米のOEMおよびTier1が続々と東南アジアに進出しました。

このように、今後20年間の世界の航空産業の発展に中国や東南アジアが大きく貢献していくことは間違いありません。

東南アジア各国ではOEMやTier1の進出に伴い、そのサプライチェーンを支えるローカルTier2企業も台頭しつつあります。そのようなローカル企業を日本企業と比べてみると、技術レベルの高い企業の数はまだ限定的で国内または周辺国でサプライチェーンを賄いきれていないのが実態ですが、相対的に安価な労働力と政府の後押しなどにより東南アジアの航空機産業は今後益々の成長が見込まれています。また欧米の主要企業もアジアでの調達比率を拡大する明確な方針を掲げています。ここからはNAMACが昨年11月に実施した現地のOEMまたはTier1企業を対象とした需要調査の結果も織り交ぜながらシンガポール、マレーシア、タイの航空機産業の現状に関する情報をお届けします。

2.シンガポール

同国には約130社の航空宇宙関連企業が存在し、市場規模は約89億SGD(2016年)となります。シンガポールは航空産業の政策的な開発で最も成功した国の一つで、政府系持株会社の傘下にシンガポール航空やST Engineeringといった中核企業を持ち、欧米の大手企業と合弁企業を立ち上げるなどしてコングロマリットを築いています。またSeletar Aerospace Parkと呼ばれる巨大な航空専用の工業団地を開発し、海外企業の誘致にも成功しています。320ヘクタールの広大な敷地に、60社以上の海外企業とローカル企業が入居し、6,000人以上が働いています。事業の幅も広く、機体・装備品のMRO、エンジン・装備品の製造組立、ビジネスジェットビジネス、人材育成、研究開発などの一連のエコシステムを形成しています。

シンガポールの航空関連企業といえば、前述のST Engineeringといった大企業をイメージされるかと思いますが、多くの航空関連のSMEも存在しています。自動車や半導体などの産業向けに製造を行っていた会社が航空分野に進出するというパターンが多く見受けられます。シンガポール政府はローカルSMEの育成にも熱心で、通商産業省傘下のEDB(Economic Development Board)が掲げる「Aerospace Industry Transformation Map」において、シンガポール企業の生産性向上のための各施策や航空用人材開発の枠組みを設けています。また同国にはARTC(Advanced Remanufacturing and Technology Centre)と呼ばれる施設があり、大手企業、中小企業、南洋理工大学の3者がAI、IoT、積層造形等の分野で先端技術の開発を行っており約120のプロジェクトが進行しています。NAMACもこのARTCの近代的な研究オフィスを訪問する機会を得ましたが、国籍や規模の異なる企業各社が連携して先端技術の実用化・商用化に向けて切磋琢磨している姿を垣間見ることが出来ました。

また、NAMACはシンガポールに進出している某エンジンメーカーにヒアリングを行いました。同社はアジア地域での調達比率を10%台から20%台へと増やす方針を掲げており、今後欧米からの購入品の一部をアジア調達に切り替えていくことになります。現状の調達先国として日本、韓国、台湾、マレーシア、タイ、フィリピンなどがありますが、ローカル企業だけでなく、アジアの国々へ海外企業が進出できるよう各国の投資関連省庁と連携したサポートを行っているようです。現在求めているニーズとしてはブラケット・ファスナの製造、電動化やオートメーションの技術、ニッケルやチタンの鋳造、があるとのことでした。

3.マレーシア

同国には約130社の航空宇宙関連企業が存在し、市場規模は135億MYR(2017年)です。従来からのMROをベースに、製造分野でも欧米企業の誘致、工業団地(UMW High Value Manufacturing Park、KLIA Aeropolis等)の開発等により政策的にクラスターを形成することで順調に成長しています。その成長の勢いは衰えることなく、最近では『Industry Blueprint 2030』を策定し、MRO、製造、システム統合、エンジニアリング・設計サービスを4本柱に2030年までに市場規模を552億MYRまで拡大させ、東南アジアでNo.1となることを目指しています。

また同国には日系中小企業の進出も増えており、Asahi Aero Malaysia、IAC MANUFACTURING (MALAYSIA)、Sapura Aerospace Technologiesなどが現地で航空機部品の加工・製造を行っています。今後も同様の事例が増えることへの期待を込めて、海外進出を検討されている各クラスター企業の方々に向けて、需要調査活動で聴収したTier1企業のニーズをご紹介いたします。

ヒアリング先企業は労働集約的な組立作業が多く、数々の組立用部品を国内外から調達しています。調達コスト、リードタイム、物流費などの観点からマレーシア国内または東南アジアからの調達比率を上げていきたいという方針ではありますが、一貫生産のできるローカル企業が少ないことがネックとなっています。Tier1企業の調達スタンスは加工外注でも工程外注でもなく完成品の購入ですが、現状としてマレーシアで一貫生産体制が整っているのはSME、SAM、Senior Aerospaceの3社くらいだそうです。表面処理などの特殊工程や大物の機械加工、鋳造のできるメーカーが不足しており、サプライチェーン構築のハードルが高いのが実態のようです。したがって日本企業の皆様にとっては自社の得意技術/工程を核に進出しながらも、他の日本企業または現地企業と如何にパートナーシップを組み一貫生産体制を組み立てるかが鍵となります。

4.タイ

航空宇宙関連の市場規模は約20億USドルで、航空産業の規模・成熟度ともにシンガポールやマレーシアには及びませんが、近年では国を挙げての航空産業発展に向けた取り組みが活発になっています。タイ政府は東部3県(チョンブリ、チャチュンサオ、ラヨン)を対象とした東部経済回廊(EEC)開発計画を推進しており、その一環としてウタパオ空港を核とした都市およびエコシステムを創り上げる新経済圏「Aerotropolis」構想を打ち出しています。例えば、タイ航空とエアバス社は合弁事業としてワイドボディ機向けの重整備拠点の開設準備を進めており、2022年からの開業が見込まれています。同エリアには複合材を使用する機体への対応を含む専門の修理工場、ランディングギアなどの重要装備品の修理工場、タイやタイ国外の技術者向けメンテナンス・トレーニングセンターが集積するMROクラスターが出来上がることになります。

NAMACはタイにおいても米系Tier1企業にニーズ調査を行いました。こちらもサプライヤーは一貫生産ができることが前提条件となっていますが、タイだけでなく東南アジアを広く見てもTier2クラスで該当する企業はそこまで多くないことから、単工程売りのサプライヤー同士を引き合わせるなどの取り組みも行っているそうです。求めている工程・技術は、熱処理、ニトライディング(窒化処理)、ショットピーニング、カバライジング(浸炭))などの特殊工程や治工具の設計、製造だそうです。また日本企業に対する印象としては、コスト面ではマーケットがイメージしている程高くなく、技術面では、複雑な部品の機械加工、溶接、組立に強いというものでした。クラスター企業の皆様にとっても、自社で一貫生産できなくとも競争優位性のある技術をしっかり顧客に売り込めばチャンスは生まれますので、思い切って海外企業にアプローチしてみてはいかがでしょうか。

5.まとめ

近隣地域に既に存在している企業同士が後からクラスターを形成する日本と違って、シンガポール、マレーシア、タイは中核となる欧米企業を誘致、進出企業を支える部品製造・加工の需要を創出、顧客の要求レベルにまでローカル企業を育成・支援、することで政策的にクラスターを創り上げてきました。これは日本より後発であるからこそ出来る政策だと思います。また企業へのヒアリング結果で共通していたのが、日本のクラスターへのネガティブな印象です。頭を取る会社がいないため交渉やコミュニケーションが取りづらい、クラスター企業各社がマージンを価格に反映させるため出来上がり価格がどうしても高くなってしまうといった点です。ただ一方で日本企業の技術力への期待を感じる点もありました。シンガポール、マレーシア、タイの航空機産業の成長スピードには目を見張るものがありますが、サプライチェーンには沢山の課題が残されており発展途上にあります。OEMやTier1はアジア地域での調達比率を高めたいものの、彼らの求めるものと現状にはギャップが間違いなくあります。顧客・市場は何を求めているかをしっかりと掴み、ニーズに対して自社の技術や経験をどう生かすことが出来るかを考え、それを海外に積極的に発信していけば、きっと道は開けると思います。

(参考1)シンガポール、マレーシア、タイの主要企業一覧

(参考2)各参考資料のURL

●SJAC会報誌『航空と宇宙』 2019年8月号

https://www.sjac.or.jp/common/pdf/kaihou/201908/20190803.pdf

●先端産業CEO商談会&セミナー 2019年10月開催

https://www.smrj.go.jp/doc/sme/2019innovativeCEO_0902.pdf

●航空・先端技術CEO商談会&セミナー 2018年11月開催

https://www.smrj.go.jp/doc/sme/20190131aat_C2.pdf

●Seletar Aerospace Park

https://www.jtc.gov.sg/industrial-land-and-space/Pages/seletar-aerospace-park.aspx

●EDB(Economic Development Board)が掲げる「Aerospace Industry Transformation Map

https://www.mti.gov.sg/-/media/MTI/ITM/Manufacturing/Aerospace/Aerospace-ITM—Infographic.pdf

●ARTC

https://www.a-star.edu.sg/artc

●マレーシア政府ウェブサイト

https://www.miti.gov.my/index.php/pages/view/3718

●マレーシア航空宇宙工業会ウェブサイト

http://maia.my/