• 2020.09.29
  • コラム

「ものづくり」を支える「生産管理」【その2】

・ネクスト・サポート(代表)

・全国航空機クラスター・ネットワーク(登録専門家)

・グローバル・ネットワーク協議会(分野別エキスパート)

・財団法人)新産業創造研究機構(プロジェクトアドバイザー)

・一社)神戸エアロネットワーク(連携コーディネータ)

赤 信彦 

 
 
1.はじめに

  コロナウィルス禍により、航空機製造業界も大きなダメージを受けているが、
 航空ビジネスは今後の日本の経済を支える重要なビジネスの1つである。
 航空機部品は新しい「ものづくり」方法が常に開発されているが、
 これまでの「ものづくり」方法は規格化されており急に大きく変わることはなく継続されていく。
 これまでの不具合対策、コストダウン技術を織り込んだノウハウを今後も維持継続することは不可欠である。
 周知の内容も多いと思うが、基本に戻りその本質を再確認するため、
 航空エンジン部品の例を中心に、その一部を紹介する。

 
 
2.生産技術業務の概要

 ① 見積り作業

   生産技術、生産管理、品質保証、資材調達の実力を駆使し、
  顧客要求に対して、適切なコスト、価格、納期を回答する。
  顧客とのコミュニケーション能力、社内の調整能力、これまでの経験ノウハウが重要である。
  重要部品は、品質、加工条件の確認のためトライ加工を必要とする場合もある。
  全ての問題点、リスクを検討し、品質、納期確保に見合った適正コストを短期間で設定する。
  海外と国内メーカのコストを比較した場合、予想外に欧米メーカが安い場合がある。
  類似部品の加工実績があり、治工具、ノウハウの共用が可能で、
  実質的なロット数が大きくなりライン化効果が大きいためと思われる。
  ライン化が必要な場合は、顧客へ提案し調整することも必要である。
 
 
 ② 受注後の生産準備
 
   受注時の図面、仕様書に変更がないか確認し、
  必要に応じ更に詳細な生産計画、工程設計、治工具設計等を行う。
  納期がタイトな場合は、顧客と調整し、
  受注前に内示指示で、材料、治工具の先行発注をする場合もある。
 
 
 ③ 工程設計の概要
 
  a)工程の流れ
    航空エンジン部品は、薄肉形状であり加工歪が出やすい。
    機械加工は、荒加工、中仕上げ、仕上げ加工に分け、
    加工歪、サーフェスインテグリティ(表面流動層、残留応力の有無)を考慮し
    工程設定する場合もある。
    必要な熱処理、表面処理、非破壊検査、仕上げ、マーキング等の工程の流れを設定し、
    規格等の要求仕様を満たし、必要なライセンスの詳細仕様を確認し、顧客の承認を得る。
    タービンディスクのリーマー穴仕上げ等も、NADCAPが要求される。
 
  b)中間工程の取り代、公差の設定(機械加工)
    最終的に図面に指示された寸法公差を満足するように、中間工程の取り代、寸法公差を設定する。
    中間工程で設定した最大形状、最小形状のどちらか不利な方向に進んでも、
    最終工程の寸法公差を満足するように設定する。
    図面では、複数の基準面から寸法が定義されているが、
    NCプログラムでは1つの基準面(原点)からの寸法となり注意を要する。
    治具の精度、公差も加工精度に影響するので注意を要する。
 
  c)回転部品は、高速回転による大きな遠心力と振動がかかるため、
    小さな傷、材料の内部欠陥、加工時の流動層、残留応力により破損しないよう注意を要する。
    バランス試験、探傷検査、加工面をカットし断面拡大写真により流動層等の確認を実施し、
    初品検査合格後、工程凍結し同じ条件で全て加工する。
 
  d)ケース部品は、気密性を保つために、油漏れや空気漏れが無いようシール面の精度等が要求され、
    リーク試験、探傷検査が行われる。
    また、外側、内側に多くの部品が取り付けられるため、
    取り付け座、斜め穴加工等が多数あり複雑形状になる。
    ファンケースは、
    ブレードが破損してもケースを突き破らないようにしなければならないという制約も要求される。
    ギアーケースの場合は、
    ベアリング部の位置公差が厳しくなり、設備の精度、工場の温度管理も重要となる。
 
 ④ 製造設備の選定(仕様、性能、精度、負荷等の確認)
 
  a)旋盤、マシニングセンター:
    加工材質、形状、大きさ、縦型/横型、剛性、主軸回転数、主軸トルク、各軸作動ストローク、
    位置決め精度、繰返し精度、設置場所の温度管理等、適切な仕様設備、使用環境を選定する。
    一般的な設備であるが、価格、性能、特性とも様々であり適切なものを選択する必要がある。
 
  b)特殊工程:
    要求規格に適合する設備や顧客承認設備などの適切な設備を選定し、
    オペレーターの資格確認を行う。
    必要に応じトライ材で試作を行う。
 
  c)三次元測定機:部品寸法、要求精度、定期精度検査合格を満たす設備を選定する。
    非接触方式の場合は、NADCAPが必要な場合もある。
    検査室の温度管理で、検査精度は大きく変化する。
 
  d)特殊設備の例:
    ・ブローチ盤:ディスク、ブレードのセレーション加工に用いられ特殊仕様となる。
    ・ブレード研削盤:タービンブレードのセレーション加工に用いられ特殊仕様となる。
     昔は、高切込み・低速送りの研削盤であったが、
     近年は、低切込み・高速送りの高速研削盤が主流である。
    ・歯研削盤:従来カムの組み合わせで研削加工制御をしていたが、
     NC制御工作機の高精度化でスパイラルベベル歯車等の歯車曲面の研削加工が可能となった。
     更にシステム化され、航空機用独特の歯車曲面の設計システムやNCプログラムを作成し、
     中仕上げ研削加工後に中間検査を実施、
     自動システムにより補正値を計算、入力し、仕上げ加工を行う。
     設計、加工、計測、補正加工、完成検査のトータルステムとなり
     トライ加工用のテストピースが不要となる。
 
 ⑤ 加工条件の設定
 
  ・部品材質、工具材質、部品形状、剛性、加工精度、要求規格、試加工等により
   加工条件を検討し決定する。
   文献、工具メーカによる推奨条件も参考にするが、部品形状、剛性、固有振動数の影響が大きく、
   類似部品の経験値が参考になる場合が多い。
   また、治具、工具、ホルダー、加工設備の剛性、固有振動数にも影響され
   トライ加工が必要な場合もある。
   専門的ではあるが、加工条件を設定する振動解析システムもあり、
   難削材加工、高速切削等の条件設定に有効な場合もある。
 
 ⑥ 治工具設計
 
  a)作業性:部品の着脱、芯出し時間が短縮できるような構造とする。
 
  b)加工精度:位置決めピン、インロー等の公差は、工程公差と連携し適切な設計とする。
 
  c)加工条件:できるだけ治具剛性を大きくし、加工条件を向上させる。
 
 ⑦ 作業指示書の作成(工程設計の結果を、下記のa)~d)の指示書にまとめ製造部門へ発行する)
 
  a)治工具リスト(TOOL LIST):
    ・治工具の段取り作業用として、
     各工程番号毎に使用する治工具、検具番号、NCプログラム番号をリストアップ、発行し、
     加工開始前に段取り作業者が倉庫等より治工具等を搬出する指示書とする。
    ・改訂時には、改訂符号を変更し改訂履歴書と共に更新管理する。
 
  b)製造工程表:
    ・工程設計した各工程に対し、
     加工箇所、加工寸法、公差等を図面化し作業者が理解し易いように説明を加え発行する。
     各加工者の加工指示書とする。
    ・改訂時には、改訂符号を変更し改訂履歴書と共に更新管理する。
 
  c)ルーティングシート(加工命令書)(または、トラベラー):
    ・主に、生産管理用として用いられ製造部門への加工指示書となる。
     部品番号、シリアル・ロット番号、加工個数、ワークオーダー、工程番号、
     加工職場、加工機械等を表にして明記し、
     加工開始時間、加工者名、加工終了時間等を記入する欄に、加工時に加工担当者が記入する。
     本シートは、何時どこで加工されたかのエビデンスであり、
     事故が発生した場合の資料となり、保管義務がある。
     発行は、生産管理部門がロット毎に行い、保管は品質保証部門が担当する。
    (加工時間の実績収集は、QRコード、バーコード等で電算化されている場合が多い)
    ・改訂時には、改訂符号を変更し改訂履歴書と共に更新管理する。(生産技術部門対応)
 
  d)検査指示書(検査部門対応)
    ・部品図面の全寸法にフラッグ(①、②、③・・・)をつけ、検査成績書の測定欄と対応させる。
    ・全ての項目に使用する検査器具を明記する。必要により検査要領を記入する。
     *測定の繰返し性と再現性が評価され、
      測定システム分析(MSA)Gage-R&R(注1参照)、
      PPAP(注2参照)が要求される場合もある。
      (内容の概要はネットでも掲示されている)
    ・実績値、合否判定等を記入する検査成績書は、別書類とする。
 
 ⑧ 図面、指示書の改訂管理(図面改定時のトラブルは少なからずある)
 
  ・部品図面が改訂された場合、旧図面を回収して新図面を配布し、日付、部数等を台帳管理する。
  ・部品図面の改訂時に関連の作業指示書の改訂に不備が無いように管理する。

 
 
3.生産管理業務の概要
 
 ① リソース計画管理
 
  ・作業人員、設備の負荷変動と許容能力のバランスを調整・管理する。
   必要により、人員、設備等の増強、製造のライン化、自動化、アウトソース化を計画する。
 
 ② 生産計画:(例を下記に示す)
 
  ・基本的にトップダウンであり、エンジンの組立スケジュールを厳守する。
  ・工程の開始までに材料、治工具が入庫するよう計画・管理する。
  ・大日程計画:見積り中の物件も含め、基準日程表に従い人員、設備等の負荷計画等を実施する。
         ネック工程がある場合は、それを中心に計画する。
  ・中日程計画:受注物件のみ、設備毎に工程を割り付け、設備ごとの負荷積み計画を作成する。
         組立計画、親部品を優先し必要時期を決定する。
  ・小日程計画:各工程の加工着手、完了、中断(設備故障、不具合等)の実績情報を入力する。
         (着手、完了の日時はバーコード等による入力が好ましい)
         各職場にて、約1週間分の着手可能リストより優先度の高い工程から加工着手する。
         必要に応じ、未着手工程の計画日程を変更する。
 
 ③ 納期管理:
 
  ・小日程計画の、実績値と計画値を比較し納期が遅延する部品リストを作成し、
   各職場と工程ごとに調整を実施する。
   エンジン組立計画を基準とし、親部品と子部品の必要時期、不具合状況等、日程確認・調整を実施する。
 
 ④ 不具合管理
 
  ・不具合等により工程遅延が発生した場合、補修工程、スケジュールを作成し関連部署と調整する。
 
 ⑥ ロット管理
 
  ・不具合はロット単位で発生する可能性があり、
   重要部品はロット番号、シリアル番号を部品にマーキングする。
   加工不具合発生時は、ロット分割し不具合部品のみ工程停止とする。
   部品納入後に不具合が発覚した場合は原因を明確にし、
   メーカー指示に従い現物のみ又は、ロットを全数交換する。
 
 ⑤ 原価管理、改善活動
 
  ・工程ごとに工数(マン時間)、加工時間(マシン時間)、治工具、検具費等について
   予算と実績とを比較し、初度予算管理、ランニングコスト管理を実施して、
   予算オーバー工程は改善を実施する。
 
 

4.まとめ
 
 ①工程凍結
 
  ・重要部品は、初品検査(FAI)に合格後、加工条件、工程順序、工程内容、使用設備等が変更できない。
   変更する場合は、顧客に変更申請書を提出し、
   必要により再度、初品検査を実施する。(加工設備の移動変更も含む)
 
 ② トレーサビリティー、エビデンス管理
 
  ・過去に納入した部品の不具合が発見された場合は、その加工条件、プロセスを調査し不具合原因を特定し、
   原因により同ロット材または、同ロット部品を全て交換できる管理体制とする。
 
 ③ 改善活動
 
  ・一定量を超える部品数、工程数が流れている場合、電子化されたデータベースは不可欠であり、
   改善活動のベースとなって、品質・コスト・納期(QCD)のパフォーマンスも大きく改善される。
   ライン化、自動化すれば更に生産性向上が図れる。
 
 ④ 今後の課題
 
  ・エンジン部品製造はスペヤーパーツも含め、約30年継続される。
   加工方法、設備も新旧のもの、伝統技術と最先端技術が混在する。
   これらを管理する組織体制が必要である。
   航空機以外の部品製造を兼業としている中小企業が多く、
   それぞれの製造、生産管理、品質保証システムの区別、管理も重要課題である。
  ・ロボットによる自動化、3Dプリンティングによる「ものづくり」も一般産業では、
   既に量産体制に用いられている。
   航空関係部品も更に、適用拡大が期待されている。
  ・日本の「ものづくり」システム(トヨタ生産方式(TPS)、ジャストインタイム生産方式(JIT)等)は、
   進化を続け依然として有効なシステムであり、製造業以外の業界、世界に展開され続けている。
   新しい経済社会、IoT、AI、少子化、グローバル化にも必要なファクターと考えられる。
 
 
*最後になりましたが、1日も早く航空ビジネスも復活し、皆様のご活躍を祈念致します。
 
 
注1: PPAP(Production Part Approval Process)とは
   「生産部品承認プロセス」と呼ばれるコアツールの1つで、
    生産部品承認のための一般的要求事項を規定したものです。
    自動車業界で運用されているが、航空業界でも海外メーカがら要求される場合がある。
 
注2: Gage R&R(Gage Repeatability and Reproducibility)とは、
    測定システム分析(MSA: Measurement System Analysis)ともいわれ、
    測定プロセスを管理または審査するための手法である。
 
 
「ものづくり」を支える「生産管理」【その1】<2019(R01)年12月03日掲載版>は、
 以下のURLをご参照ください。
 https://namac.jp/column/4263
 

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