• 2020.12.03
  • コラム

    プロダクト・ライアビリティの現実とは?!

~ 石橋を叩き過ぎて壊す? ~

 

ティーエクス航空コンサルティング・サービス合同会社
代表
髙山 信人

 

航空産業界でビジネスをしていくと決心して色々業界の事を調べ始めると、通常の産業界とは異なる事に気が付かれるでしょう。ほとんどの仕事は欧米企業が最終顧客であり、日本企業が間に入っていたとしても彼らの文化、商習慣、契約方式が踏襲されています。

実際にいざ製造契約する段になって戸惑われるかもしれないのが、欧米式の契約書とその内容です。
日本企業間の契約では事細かな内容までは記述しない契約書もありますが、それは日本の商慣習が性善説に基づいており、かつ常識的に「これぐらいは当然履行してくれるだろう」という期待感と義務感が契約当事者には暗黙の了解としてあるからだと思います。
一方、欧米式の契約書では取引で想定される約束事がほぼ100%網羅されることが多くなります。特に、「品質不良」に関しては、瑕疵条項(Warranty Clause)があるのは当然として、必ずと言って良いほど ”Product Liability Clause” 「製造物責任条項」が盛り込まれるのが通例です。特に航空製品の契約に関しては100%入っていると言って過言では無いでしょう。

典型的な条文には次のようなものがあります。

これは、下請け製造者が「発注者が第三者から製品欠陥を事由として請求された人的損害や所有財産の毀損に対して、これら損害の全てを負担する」ことを意味します。通常は相互責任なので同じ文が ”Seller”と”Buyer”を入れ替えて合意することが多いのですが、発注者の立場が強ければ下請け製造者だけが発注者を「一方的に」守る契約書となります。

ここで経営者は「えー? 最悪何十億円も払う可能性もあるのか?」と思い込み、折角航空向けビジネスが取れそうなのに、万が一の負担金額の膨大さに驚き契約を諦める場合もあるのでは無いでしょうか? では本当に何十億円も払う事が実際に起こり得るのでしょうか?

私は三菱重工での現役時代に小型民間機の型式証明維持とプロダクト・サポートの責任者として米国に13年駐在し、米国企業と幾多の契約をしてきました。在職中に民事訴訟証人喚問され証言を取られる経験もしました。
これらの契約交渉やその後の訴訟対応経験から言えるのは「リスクを正しく理解して対策し契約すべきは契約する」という事です。

掲題の契約条文例で触れているのは ”any Third Party Action” です。下請け製造者が契約発注者へ欠陥製品を納めて発注者(受領側)から処置請求を受ける「欠陥品の瑕疵」つまり ”Warranty Claim” とは異なります。一般売買契約での瑕疵は代替品との交換か部品費の弁済か、修理で正常品への復元と処置がほぼ決まっています。この欠陥品が原因で発生する「発注者側の製造工程への影響費用や処置工数など」を通常下請け製造業者の負担とはしません。
では製造者の欠陥品で第三者が損害を受ける場合とは何か?「製品事故」が最大の事由です。

しかし、ここで考えるべきは「製品事故」の真の原因が「何か?」という事です。
あなたの会社が納入した「ボルトの強度が10%低い欠陥品だった」場合、これが真の事故につながった真因なのかが問題です。
 設計上では強度余裕15%程度持たせることが要求されています。
 組み立て時に穴精度は強度余裕に影響なかったでしょうか?
 運用中に該当箇所の点検などは指示あったでしょうか? 
などなど、「製品事故」になるまでに、事故とならないための多くの防止策の設定が通常の航空機の設計上には要求されています。
条文例にある “resulting from any defect in a Product caused by the Seller’s defected materials or workmanship or negligent, reckless or willful act or omission.”  (太字部分の訳:製造者の不適合材の使用、作業不良、過失、不注意や故意の行為、手抜き行為に起因する場合)ですが、要は製造者であるあなたの会社起因で製品に不適合(欠陥)が生じ、それが唯一事故原因だった場合ということです。
真に事故原因が製品の不適合(欠陥)だけであり、それを納入してしまったのがあなたの会社であれば責任は免れません。諦めて補償の交渉に応ずるしかないでしょう。

でもちょっと待って下さい。そんなに悲観することはありません。

事故調査では当然すべての原因や要因を明らかにします。
事故になった真の原因、重要な要因は何か?が対策には重要です。
航空機はボルト1本の欠陥だけで容易に事故になりません。末端の下請企業の上位には数多くの品質を保証する会社が存在しそれぞれ品質責任があります。
 ボルトの強度不足を受け入れ検査で何故発見できなかったのでしょうか?
 10%強度不足のボルトで当該部に重大な損傷等を生じる設計が何故なされていたのでしょうか?
 航空機の使用者は墜落などの重大事態となる前に点検で発見できなかったのでしょうか?
などなど、「墜落事故」など重大事態の場合には再発防止の観点からあらゆる原因、要因を明らかにしてすべての部分で対策を取らなければなりません。
上位企業が下請け企業の欠陥品だけを取り上げて「墜落事故」の責任を最弱の企業だけに押し付けることは出来ません。それでは真の事故防止策を取った事になら無いからです。

航空機の型式証明を保有する責任とは下位企業の管理を含めて相当重いものなのです。実際、最下層の企業が欠陥品を理由に多額の補償を要求された事例を私は聞いたことがありません。

残念ながら掲題の契約条文例は欧米の契約書の決まり文句です。法務担当が必ず自社保護のために要求します。中間企業なら上位企業から同じ条文を要求されると下位の下請け企業にも同じ条文を要求します。契約書としてはリスクの責任分担を明確にしないと成立しないからです。残念ながら、このような契約では最下層企業は何処にも転嫁できません。
しかし現実には、欠陥品が唯一の原因で重大事故となるような重要部品が下位企業に発注されることは稀ですので、何十億も補償する事態はまず起こらないというのが私の経験です。

航空業界の先達はどう対策したか?

まずは、製造する製品に重大な事故に繋がるリスクがどれぐらいかを理解すること。上位工程でどのような品質確認、不適合の検査がなされているかを理解し自社担当製品に重大事故関与のリスクがどれだけあるかを正しく理解する事です。分からなければ発注者に聞きましょう。

次にあなたの会社の製造・品質管理体制を航空標準に整えて常に正しい製品を納入できる体制を作る事です。

最後に、万が一に備えて製造物責任保険に加入し、会社存続の保障をして契約の永続性を担保し契約相手方に安心感を与える事です。つまり、契約の発注者はこのプロダクト・ライアビリティ条項を契約書に明記することで発注先に製造物責任保険加入を義務付け、この契約が永続する事を求めているという事です。実際、別条項で製造物責任保険加入とその保証保険金額下限を決めている契約書もあります。

これらの対応策を採用することで、航空製品製造に参入する場合のプロダクト・ライアビリティ・リスクを最小にできます。正しい製品を製造し品質を担保し続ければリスクは皆無です。
それでもリスクゼロを主張する日本の法務担当者も存在しますが、それはリスクを明らかにする彼らの仕事ですからやむを得ません。常にビジネス・リスクは何処にでも存在する訳ですから最後はリスクを理解した上での経営者としての判断だと思います。

航空業界の先達たちは正しくリスクを理解し、体制を整えて品質管理を徹底し、製造物責任保険というバックアップを用意して果敢にも参入を果たしました。それだけ業界に身を置き業界を支える一企業となれば得るものも大きいものなのです。