「航空」の本場、米国の底力?! 航空産業界のプロとは?
ティーエクス航空コンサルティング・サービス合同会社
代表
髙山 信人
米国でライト兄弟が1903年、ノースカロライナ州キティーホークの海岸砂丘で初飛行して以来、航空機の発達には目を見張るものがあります。わずか100年余で木造、布張りでお粗末なエンジンで数十メートル飛んだだけの飛行機が、今や数百人を高度1万メートルで20時間も飛び続ける飛行機の出現にまでなりました。
その航空機発祥の米国が航空産業界最先進国であることには誰にも異論がないでしょう。勿論、航空機開発を進めた改革者達を多く輩出したことや、広大な地域間移動のニーズが高いこと、2度の世界大戦で技術革新がその都度加速したこと、などの多くの理由があると思いますが、私には業界人の航空機に対する経験と理解度の深さも航空大国を支える理由の一つだと思っています。
長年米国に駐在して米国人と仕事もプライベートでも付き合った経験から感じるのは、彼らにとって飛行機は特別な乗り物ではない事です。
ニューヨークの街中を歩いている人に尋ねてパイロット資格を持つ人を探し出す事は流石に米国でも難しいでしょうが、例年開催される「航空見本市展示会」などで、会場を歩いている出展者、来場者に同じ質問をすれば、恐らくかなりの確率で「パイロット」、操縦免許所有者と出会えるでしょう。感覚的には100名中、半数ぐらいはいそうです。
米国で基礎のパイロット資格は日本人が車の免許を教習所で取るような感覚で16歳から取れます。中西部の穀倉地帯へ行けば農場主の多くは自分で操縦して農薬散布機を操ります。航空機を所有せずともレンタルで時間借りができます。しかも米国のどんな小さい町に行っても飛行場か、少なくとも無人の滑走路は存在しており、5,000以上の飛行場があります。
つまり、航空機は日常の移動手段や道具の一つであるので、いわゆる”General Aviation” と呼ばれる自家用機が大小合わせて20万機も存在する所以です。つまり、エアラインやボーイングなどの大型機を運航、製造する市場に加え、これらジェネラル・アビエーション市場も含めて米国での航空産業の裾野は広大な訳です。ある資料によれば、米国で航空産業に従事する人は120万人以上いるそうです。そして航空産業界に一旦身を置くと多くの場合、他産業界へ転職する例は少ないように感じます。ある航空関連企業を辞めても他の同業者や違う分野の航空産業へ転職する事例を多く知っています。
つまり、米国で航空産業に関わっている人たちは航空産業界に留まり続け、長い経験を通じてあらゆる面で航空機自体の知識、運用、運航環境、政府の規制、整備環境のこと、保険のことなど、航空機とその利用に関する経験や理解度がとても豊富だという事です。勿論人脈も豊富です。
一方、航空産業への参入を進める日本ではどうでしょうか?
日本の航空機部品を作る企業で働く人は製造する部品については当然専門知識を含めて細部まで理解しているでしょう。大手Tier 1企業から部品製造を請け負う中小の企業でもどの部位に使用されるかぐらいは知っているでしょう。
でも、さらに上位の組み立て品、それらを含んでシステムとなった製品群の機能や、安全性でどう重要かを考える機会が少なかったかもしれません。 製造を担当する部品の組み立て部品形態と目的は理解していても、それらが航空機運用時に果たす機能や作動の仕組み、故障のリスクなどまで理解する事は中々難しいでしょう。
ただ私の経験では、米国の多くの中小企業では担当する製造部位の上位システムがどう機能しどのような意図で設計された部品であるかや、航空機への装備状況まで理解して受注している事例が多いと思っています。
流石に現場でNC機を動かしている作業員までが、製造している部品が航空機全体でどのようなシステムに組み込まれ、どのような機能を持つように設計、製造されているまでの概念を理解していることは少ないかも知れませんが、受託企業の幹部や上位の発注先企業と交渉する営業担当者は相当部分までこれを理解している例を多く知っています。
一方で、受託企業が受託する部品の用途以外に、機能上の位置付けや上位システムの知識まで必要か?と異論もあろうかと思います。単純に渡された製造図面に従って満足する部品を製造すれば良いだろうという意見も当然あるでしょう。もっともです。契約上はそれを満足すれば良い場合がほとんどでしょう。
日本の航空産業界の業態から、発注側、つまり航空機の設計権を持っている企業は多くの場合欧米企業です。中間で日本の大手企業が設計をする部品も多いですが、型式証明の責任者はボーイングやエアバスです。
発注部品は勿論、航空機の型式証明を維持するために設計された部品ですので、それを外注先に製造させる場合には能力審査を行って合格した企業にしか発注しません。つまり発注側には部品の設計上の重要性や品質上の影響度などを熟知している人材が発注担当者となっている場合が多いのです。直接の発注担当者に細部の技術的知見がなくとも設計部門や品証部門がサポートして正しい部品製造が外注先で成立することを担保している訳です。そして彼らの多くは担当専門分野以外でも航空機全般の知識は豊富です。
発注側の人達の資質がこれだけ豊富であるなかで、契約交渉や部品製造工程審査、品質監査、コスト検証など多方面で日本の中小企業には対応を求められます。少なくとも航空機全般の知識、運用上の常識程度の知識に受託部品の上位システムでの機能や安全上の課題などの知識があれば、発注者側の「外注先に期待する事」の一端ぐらいは理解できて交渉もある程度対等に出来るようになり、受注の決心の際には品質の影響度も正確に判断できているのでは無いでしょうか?
日本で航空産業に参入すると決めたならば、航空機そのもの、運航の事、安全性の事、運用コストのこと、航空法規のことなど、米国並とは言いませんが、受託部品のことだけでなく、その上位部品やシステムの機能、万が一故障した場合などの影響の理解にも努力して欲しいと思います。
これら情報は交渉時に先方に聞けば教えてくれるはずです。隠すべき事は何も無いはずです。
日本では米国とは違い日常的に「航空機」を実感することは航空機に搭乗する時以外にないと思いますが、搭乗した時には、「ドアの開閉機構はどうなっているのかな?」、「空調装置はどう空気を機内へ入れているのかな?」、「離着陸時に主翼の後方に広がる補助翼の動力伝達方法は何かな?」「離陸後、ベルト着用サインが消えるのはどのタイミングかな?」などなど、航空機に関する疑問を大いに考えて頂き、その答えを見つけ出すようにして下さい。答えはエアラインが発行した航空辞典やウィキペディアでも探せます。機会があれば行政や大学などが主催する航空産業参入のための勉強会などでも補足できるでしょう。
少なくとも自社が受託しようとする部品については発注者、あるいはその上位会社に機能や重要性、安全性への影響、設計の狙いなど遠慮なく聞いて下さい。理解することで受託部品の重要性を理解し自身が航空機に乗った場合に、何処にあるか想像してみて下さい。きっと誇りが生まれるはずです。そして、それら部品を製造する事の意義や航空機に搭乗者する人の生命に想いを馳せれば、確実な航空機部品製造と完璧な品質管理のモチベーション向上に繋がるはずです。
航空機及びその構成品の設計・製造とは真に真剣なビジネスです。多くの人命を預かる製品だという社会的使命感無くして成立しません。発注側はそのプロです。受注側も製造のプロであることは当然でしょうが、航空機とその運航を通じて社会的使命を果たす交通システムの構成員としてのプロであり続けて欲しいと思います。
つまり、航空認証基準であるAS9100やNADCAPやその他、認定事業場承認などプロである事を保証する仕組みを獲得したら、必ずプロの仕事として100%完璧な製品を常に作り続けて頂きたいと思います。